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モーパイCDドラマ脚本公開! 2019/02/22(金)

今日はモーレツ宇宙海賊劇場版公開5周年!というわけで、noteに特典用のCDドラマの脚本をアップしました。「ドラマというよりコントですね」と収録当時言われましたが、羽目の外し方としては特典らしくて良いと周囲の評判は良かったのでホッとした思い出があります。何よりキャストの皆さんが楽しそうに演じてくれたのが良かったですね。モーパイのオーディオドラマの特徴として、「効果音はセリフで」「モノローグもセリフで」というのがあります。この辺りもキャストさんの声を想像しながら読むと面白いかもしれません。とりわけ花澤香奈さんのはっちゃけ方に注目かも。ご笑覧いただければ。
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今年もあと10ヶ月 2019/02/20(水)

旧正月で、と言い訳するにももう下旬。来週からもう3月です。とはいえ、節目という事でご挨拶。今年もよろしくお願いします。最近は何やっているのかというと『遊戯王VRAINS』の監修の他に進めているのが一件。これは世に出る事になったらご報告、ということでしばし潜行中。去年は父が亡くなって遺品整理やら家屋売却なんてこともあったので思い切って取材メイン、アニメの仕事も『オーバーロードⅢ』の第1話の絵コンテ以降は飛び込み仕事はみんな断っていました。人が一人死ぬってのは色々周りの人間が大変なんだなあということを実感した2018年でした。今年もすでに2ヶ月経とうとしていますが、去年の取材を生かすべく現在取りまとめ中です。

さて、新しいことをやっていると自然と過去の自分の仕事を振り返ることになります。懐古、というわけではなく自分の残りのアニメ人生(幾つまでやれるか分かりませんが)をかんがみると未来を見るために自分の軌跡を自覚するというのは悪くないな、と。そんな訳でnoteにて過去の原稿類をポツポツ再掲載していましたが、以前から「アニメの脚本ってどんな感じなんでしょう」とか「オリジナルアニメの脚本が読みたい」という声を聞いていたので今月から『学園戦記ムリョウ』の脚本の掲載を始めました。脚本の書き方的な本は幾つか出ていますが、僕個人としては「学ぶのだったら先人の脚本を読むのがてっとり早い」と思っています。確かに書き方の約束事は色々ありますが、要はどういう事を書いて人に自分の考えたストーリーを理解してもらうか、その情報量の開示についてどんな書き方があるのか論より証拠で実例を見た方がいいわけです。ただ、実写とアニメはいささか違ってきていまして、ややもすると最近は「字コンテ」を要求される場合もあるようです。僕としてはこの『ムリョウ』くらいの分量じゃないとオリジナルは無理かなあと考えていますがどうでしょう?

アニメは色んな人が関わって作られているので、脚本や絵コンテを公開するのは色々な許可をもらわなければならないので大変です。実写映画の場合は脚本家の著作として認められるのですが、アニメとりわけTVアニメは原作があったりとか、オリジナルにしても製作委員会に権利があったりと脚本家個人が勝手に自作を公開、というわけにはいかないのです。ただ『学園戦記ムリョウ』に関しては、僕個人の原作であり、現在製作委員会を管理されているのが若干1名ということもあり今回の公開にこぎつけたわけです。Webでの無料公開にしたのはほぼ解散状態の製作委員会への配分がめんどくさい(そもそも各社の担当者が全くいない)し、脚本集を仮に書籍として出版したとしても売れないだろうなあという現実的判断です。何よりも「オリジナルアニメの脚本ってこんな感じです」ってのを見せたかったというのが大きいです。

この他、掲載を許可いただいた小説や脚本がまだ幾つかあります。お楽しみに!

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色々あったのは来月まとめて 2018/11/21(水)

とりあえず現在色々アップしているnoteの宣伝など。ちょっと前から昔書いていたエッセイを再掲しているのですが、「これも大丈夫!」ということで昔Webマガジンで連載していた小説『スプラッシュゾーン 落下の時空』もこれからアップしていきます。noteのサトウのページはこちら

よろしくご一読を!(無料です)

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あの頃 2018/08/28(火)

昨日の夕方、突然の雷雨と強風。そんな中、さくらももこさんの訃報を聞きました。

僕がまる子に関わったのは放送開始から3年目の春までだったので30年になろうかという番組の歴史の中ではほんの一瞬にしか過ぎません。しかし、立ち上げから1本目の劇場版、2年目から参加してきた小林常夫くんたちとある意味好き放題に出来たことが、今に至るまでの演出家のキャリアにとって大きな財産になっていると思います。

さくらさんが昭和40年生まれ、僕が39年生まれという事もあり、同世代としての話題が結構共通していて、アフレコを見に来た時にはよく話をさせてもらいました。「よくあのネタ入れてくれましたね」「まあやはりお約束じゃないですか」みたいな他愛のないやり取りから「あの話数は佐藤さんにやってほしいなあ」みたいな予約もされたりして。最初に関わった原作モノとしては非常に運が良かったと思います。放送当時「第1話の視聴率が15%以下だったら半年で打ち切り」とテレビ局の編成から言われていたそうなので、調整室でフィルムを見ながら宮永さん(当時の旦那さん)と「こんなに面白いのに!」と時折不満を漏らしていたりもしましたが、その一方で「自分で描いた話なのに〜」と言いつつ笑ったり号泣したり。それを見ていた制作スタッフ側も意気に感じていたんじゃないでしょうか。美術の野村さんも色指定の横井君もみんな「ちびまる子ちゃん」のファンだった。あのマンガをいかにアニメにするかを各セクションの人たちがホントに色々考えていました。

最初は確かに視聴率は振るわなかったのですが7月になって25%を越える回がぽつぽつ出てきて、中入りの時にプロデューサーの遠藤さんが「40%越えたらみんなでハワイだ!」とぶち上げたのですがおそらく「そんな事はないだろう」と思っていたのでしょう。しかし更に数字は上がり、10月の僕の担当話「男子対女子 大戦争」では37.7%を取って「おおっ」となりその2話後の「まるちゃん実験をする」で39.9%を取った時に「やった~~!」と喜んだのですが「惜しかったですね」とすかさず遠藤さん。テレビ局から胡蝶蘭が送られてきましたが切り上げしてハワイに行きたかったです。

視聴率が25%を越えた夏に電話100年記念の正月映画が決定し、さくらさんの案内で清水へロケハンに行ったのは楽しかったです。ロケの合間にさくらさんは芝山さんやアトリエロークの川本さんと広沢虎造の浪曲アニメの構想を話していました。虎造の清水次郎長が本当に好きだったみたいで実現していたらさくらさんの絵で次郎長ってどんなものになったのやら。宿泊中、ホテルの方にサインを求められた時、「私、サイン描くと神経性胃炎になりそうで…同じ絵が描けないんです。アニメの人はすごいなあ」なんて言いながら本当に緊張しながら描いていたのをこちらもドキドキしながら見ていたり。ご実家の青果店に行ってご家族の方達と色々話をしたり、たまちゃんの家(花輪君の家並みに豪邸!)でお姉さん(たまちゃんはNY在住)とお目にかかったりと慌ただしい旅程でしたが、かなり助かりました。

劇場版は現場的には二ヶ月ちょいというかなりタイトなスケジュール。でもみんな頑張って12月の公開に間に合いました。その打ち上げでさくらさんは苦手だと言っていたサイン色紙を出席したスタッフ全員分用意して一人一人手渡ししてくれました。夏のロケハンにはあんなにガチガチに緊張してサインを書いていたあの人が…ちょっと泣けましたね。

この他、色々思い出はありますが書けば書くほどとりとめがなくなりそうです。さくらさん、ありがとうございました。


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再始動します! 2018/08/28(火)

高円寺の阿波おどりも終わり、そろそろ秋の気配…とまではまだいかない残暑厳しい中ですが、更新を中断していたこのホームページはぼちぼち手を加えていこうと思っています。ここしばらく色々あったのですが、それは次の記事で。

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