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 2004/11/29(月)

いろいろ水面下で動いてはいるものの、差し当たって毎週カッティングにアフレコ、ダビングビデオ編集なんてものが無い今日この頃。そんな「まったり組」の筆頭だったりするのでついつい幹事めいたことばかりやったりしています。この間も吉松(サムシング)さんにマッドハウスの田中君(ムリョウ助監督)に加え、増井(ステプリ)錦織(忘却の旋律)水島精二(ハガレン)といった監督陣に大河内一楼というメンバーでの同窓会というか飲み会というか。あずまんがをやった頃から錦織君と飲むときにはこれだ、と決めていた沖縄料理をセレクト。久しぶりに会う人もいて色んな話をしましたが、酒の席の話なので省略。実は水島さんは佐藤が初演助をやった『かんからさんしん』の撮影スタッフだったんですよ。何だってー! なんていうやり取りが面白いと思う人が世の中にどのくらいいるかっていうとあまりいないでしょうし(笑)。何はともあれガンバレ、ニッキー! な感じの色合いもありつつも取り留めのない愉快な飲み会でした。
 ちなみに佐藤の今年度会計の締めが先月だったりしたので領収書やら請求書やらの整理など。今年は大丈夫です! 下半期は収入無いですから! とヘンな所で胸を張ってはいたものの、結局この時期にバタバタやって会計士さんに押しつけることに。各社からの支払調書なども改めて見直すと『暴れん坊の唄(おもいで祭り)』に五百円の印税が(トホホ)。しかも今まで振込手数料よりも印税の方が少なかったのでようやく支払える額に達したというわけで。あと昨年末、劇場版と称して『ナデシコ』『ウテナ』『アキハバラ』の劇場版を三本抱き合わせで出しましたが、ソレとは違う、最初に出した『機動戦艦ナデシコ劇場版』(リマスター前版)が初回以来コンスタントに売れていて、去年秋から今年にかけては何と二千本以上出ています。二千本というのはムリョウの限定DVDBOXの出荷数と同じ枚数だったりしてちょっとクヤシイかも(笑)。今回だけでなく毎年それなりの数が出ているのはスパロボのおかげかもしれませんがありがたいことです。近作ステルヴィアはというと、DVDバラ売りで換算すると全八巻で平均一万八千本くらい。ビデオ版とかその後も売れているバラ売り分も合わせると二万本は超えたかな、どうなのかな? という感じですね。昔は監督が自作の売り上げとか、数字のことをあれこれいうのはあさましくないかい? と言われたものですが、今はむしろ周囲の方達がこぞって「いくら売れたんですか?」ってなことを聞いてくるので知らんぷりならいざ知らず、本当に知らないというのもちょっとシャクだったり。という訳で今回は会計締め記念(笑)、メモ書き程度に少々──

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 2004/11/25(木)

一体どういうペースで日記を書かれているのですか、といつもここを見ているという奇特な方から質問。何となくなのです、すみません。で、またもや先週早稲田へ行って参りました。知っている方も多いかと思いますが佐藤はアニメ研というサークルに学生時代入っておりました。実は当初、陸上かレスリング辺りをやろうと考えていたのですが、高二の冬に伸ばした足首の靱帯が悪化の一途で、これじゃ本格的な体育会での運動は無理ですねということで路線変更。何故か漫研に入ろうと(東海林さだおのエッセイに影響されたっぽい)あちこち部室を探してウロウロしていたら「漫画もアニメも一緒だよ」とたまたま9号館ラウンジで集会をしていた先輩達に誘われて(ついでに酒もご馳走になって)うっかり入ったらセル塗りを手伝わされ・・という何ともしまらない感じでアニメな人生が始まってしまったわけでして。以来二十二年、今に至るまでアニメな人のわけですが、何とその早大アニメ研(以下WAFLと呼びます)、あともう三年で創立三十周年を迎えるそうです。佐藤の入会が1982年ですから今の会員の中にはまだその頃生まれていない子もいるわけですよ、何ともはや。ここ数年、懇親会には顔を出していたのですが、現会員の一人一人と話が出来るわけもありません。じゃあフィルムを見てやろうということで、今年はスケジュール調整をして作品上映会へ行ってきました。上映したのはここ一二年の会員達の個人作品やら共同作品など。昔はバリバリとフィルムをひっかく音がする映写機でしたが今は小さな静かなプロジェクター。スクリーンに投影された画像も音も実にクリア(当時と比べて)。
 8ミリフィルムとは違ってパソコン上で仕上げ撮影編集まで短期間で出来てしまうためでしょう、作品数が大変多く、まさに上映会と言っていい位のボリュームでした。昔はセルアニメ制作がWAFLの活動の中心で、10分程度の作品でも三年がかり。あげくに佐藤が幹事長の時代は共同作品が頓挫したりしてちょっと切ない思い出が。その反動で「思いつきでアニメを作っても良いんじゃないかあ」と思い立ち、『遠山の金さん』というアニメを一日弱ででっち上げてぴあのアニメフェスに出して見事玉砕したりしたのは更に切なく。作品群の中にはその正に「思いつき」で作ったと思われる作品もいくつか見られました。作った監督は恐縮していましたが、懇親会の時に「気にせずどんどん思いつきでいいから作品を作って下さい」と挨拶をしました。個人制作の場合、何はともあれ作品を完成させて結果をどんどん出していくことは必要です。確かに個人のペースでコツコツ完成度を上げていく作り方もありますが、何より趣味で始めたものがいつまでも結果が見えないのはツライものです。自分のやりたいテーマや技量、表現の方向性というものがわかっている人ならば時間をかける方法もいいのでしょうが、大抵の場合そうではない人の方が多いし(失礼!)、何より楽しんでアニメを作っていこうというのがサークルの趣旨でしょうから。そういうことを言うと「甘い!」と言う方が必ず居るのですが、作品があるからこそ自分の反省も他人の批評も生まれるのですから形から入るのも必要かと。それにしても幹事長が女の子だったのにはビックリしました。昔と比べて華やいでるなあ、会員数も多いし。いい刺激をいただきました。
 そしてナデシコリマスター。実際マスターに足らなかったカットを差し替えていくとあらためて行方不明とか意味不明なモノが多々見られ錯綜中。その都度ジーベックやイマジカでまだ未発見カットが残っていないか探してもらい・・ナデシコでこれなんだから他の同時期のアレとかコレとか、リマスターが不可能な作品の多いわけがわかります。あと、4クール以上あったりすると予算と期間の折り合いが付かずに断念、という話も聞きます。ナデシコのリマスターは後々まで残していくのが目的なのでできるだけ完成度を上げていきたいと思います。

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 2004/11/10(水)

早稲田祭に行ってきました。実に18年ぶりでしょうか(佐藤が現役の頃の学祭では文学部キャンバスでレベッカが雨の中歌ってました)。目的はアニメ研の上映会ではなく(すまん後輩達!)、野中藍が出演するネギま! のイベントとangelaのライブというかイベントというか。佐藤の頃の早稲田祭はにぎやかではある一方、何か微妙な空気がただようものでした(何で入場料取るのかね、とか)が、今回の早稲田祭は正にオープンな雰囲気。正門からフリーパスで入場できるというのはホントにいいことだ!! その分段取り悪いのは差っ引けと言うのかな(笑)。何でもネギまのイベント自体が決まったのが三週間前とかなんとか。実は他のバンドのライブ目的で教室を押さえていたのに何とそのバンドが解散! そこでスタチャに泣きついて・・というのが事のあらましらしく。主催者側も災難といえば災難でしたがスタチャも大変だったかと。結局同じ15号館の4階の教室で背中合わせにネギま! とangelaのイベントが行われるという皮肉な展開(当然時間はズレてましたが)。何だか企業ブースみたいでちょっと違和感ありましたね。
 で、ネギま! イベント。開演待ちで大教室の後ろの席に座っているとやっぱりというかエライなというか水島“光太”大宙君もフラフラと登場。「乱入するの?」と尋ねると「そんなことあるわけないじゃないですか、DROPSじゃないんだから(笑)」しかし開演後、トークの最中に野中から「大宙さん、携帯でメール打ってる!」と不意にいじられて観客から注目を浴びる羽目に。身を伏せた大宙君がちょっとかわいそう(笑)。でもあの野中がイベントを引っ張ろうと奮闘する姿に感動。アニメの方の芝居は知らないけど成長しているなあと。
 そして『早稲田のアンジェルヴィア』(本当にそんな名前のイベントだったのです)。angelaタオルを持ってかけつけた野中に大宙君が早速かみつく。「脈絡もなくオレをいじるなよ」「でも盛り上がりましたよ」「そうじゃなくて!」相変わらずだなあとそんな二人を笑って見ている佐藤。しかし開演後中盤、トークするアッちゃんが不意に「竜雄監督、タコ焼き器(11/04参照)お宅に忘れてきたんですけど!」取り合えず手を挙げて応える佐藤に野中が「監督すごい! 目立ってますよ!」「オレもかよっ!」いやしかし実際はお客さんの視線は隣の野中(&大宙)の方に行ってましたが。
 angelaの歌とトークが快調なのは相変わらず。教室なので飛んだりはねたりは出来ないものの、インディーズ時代の三曲が聞けたりお得な二時間だったのではないでしょうか。締めは定番? KATSU君の音頭による「ジーク○○!」でした。で、終演後は楽屋訪問など。「いやー、学祭の雰囲気っていいですよね」「監督いじってすみません」と話をしているとスタチャの森永さんが「あのー皆さんに御紹介したい方が」「?」「えー、こんにちは。バンダイの○○です」一瞬にして顔色が変わるKATSU君。「ついにこの日が来てしまいましたかっ!」と叫ぶと中二枚後詰めくらいの早さで後ろに飛び退き土下座(笑)。まぁ、結局のところ“この日”は来ませんでしたけれど(笑)。
 その後は近くのタイ料理屋さんで打ち上げ。angelaの二人は教室で歌う学祭な感じが気に入ったらしく「よかった」を連発してました。それからついでながらアッちゃんがウチに忘れてきたタコ焼き器は年末ライブが終わるまで我が家で保管させていただくことになりました。12月29日まであと50日──

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 2004/11/04(木)

angelaや斎賀さんの日記などでも触れられていましたが、先日秋に入って初鍋を致しました。その先日というのは砂丘で鬼ごっこしたりラクダに乗ったり(黒ネコな人)、公録イベントのミュージカルの稽古でヘトヘトになっている人(広橋キミだ!)もいたという10月31日の日曜日。雨もぱらつく決して良い天気とはいえない日ではありましたが総勢何と15人! 過去最大の人数が我が家の居間を占拠したわけです。メンバーはチームステルヴィア(笑)のいつもの皆様に加え、今回はangelaの二人に珠樹社長、中西千野池田のプロデューサー3人組も加わってなかなか壮観な眺め。「こんな時にバケツプリンがあったらなぁ…(岸尾談)」確かにこの人数ならばバケツプリンは大層旨く食えた筈。しかし今回、新たにタコ焼き器が導入! 持ってきたのはangelaのアッちゃんだったか(すでに記憶が怪しい)。会の当初は松岡由貴率いる鍋チームとangelaのタコ焼きチームが仲良く背中合わせで準備をしていたのですが、小麦粉を溶こうかという段になって大阪の血が騒いだ(笑)松岡さんがタコ焼きも仕切る仕切る。さすがステルヴィア随一の料理人、軽やかにタコ焼きを丸く転がす手付きに「おおお」と思わず声を上げる一同。更にはカレー味のタコ焼きなども作られていく様は見事でしたねえ。鍋は千野PDの持ってきたカニ足でのしゃぶしゃぶ! ここでもさりげにだし汁に一工夫する松岡由貴(すごいぞマツユキ!)。彼女が参加すると我が家の宴会のグレードは格段に上がるのが毎回嬉しいところ。かくして鍋にタコ焼き、酒にステルヴィアDVD(終始流してた)で盛り上がった数時間でした。ごった返した中、ソファを飛び石のようにぴょんぴょん移動して水割りを作る野中藍の姿が親戚の集まりではしゃぐ子供のようで微笑ましかったというか「だめだぞポンポン乗っちゃあ」というか。終電も過ぎようかという頃にお開きになりましたが、皆で持ち寄った酒や飲み物が大量に我が家には残り…これは近々にまたやれ、ということなのか──(といいながら繰り返し続く)それにしても会の後の後片付けは皆さんいつもありがとう。

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