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さりげなく、ゾロです 2008/07/23(水)

7月7日に44歳になりました。驚きです。生まれた歳の東京オリンピックとその次のメキシコオリンピックは全く憶えていませんが(アニマル1は憶えてるんですけどね)、ミュンヘンからは毎度毎度夢中になってTV観戦をしていました。おそらくメキシコの時はウチがそんなにTVを見る習慣が無かったからなんでしょうね、憶えていないというのは。

アニメ業界に入ったのは87年。翌年のソウルオリンピックは三階の動画の部屋から競技ごとに飛び出していって一階の応接部屋(和室だった)のテレビの前へ。100メートル男子の決勝が始まる!とダッシュしたら到着よりも前にベン・ジョンソンがゴールを切っていたのは懐かしい思い出です。


そんなこんなで業界歴も21年。佐藤が演出になったのは89年なんでかれこれ19年。来年で20年ですよ。早いなあ…実は演出になっての初仕事がビデオの監督なんで、監督歴も実は19年。その割りに監督作品が少ないのは…オリジナルとかをやるとどうしても仕込みの期間がありますから仕方がないですね。掛け持ちはステルヴィアの時でこりごりです(笑)。

何だか巷だとTVの監督をしないと監督と認めないとか言っている人もいますが、「別に初演出と初監督が一緒でもおかしくないんだよ」「それは誇りに思ってイイよ。でなきゃ推挙した俺たちが困るから」という当時の師匠である小林治さんや芝山努さんの言葉を信じて胸を張って「来年で20年!」ということにしておきます。別に何かイベントをやるとかそんなことはありません(笑)。25年ならば四半世紀ということでイイのかもしれませんが、それよりも仕事ですよね。その頃にはもちっとスゴイことやれたらいいなあと。

ま、アニメの監督は20年ではまだまだ若造です。ましてや最近は技術が色々進む分、触発されるトコロも大きく。この仕事、技術があって初めてやりたいことが見えてくるので、とにかく技術の裏付けがないとキツイです。そう考えると、駆け出しの頃に一年シリーズをいくつも演出あるいは監督出来たのは大きな貯金だと思います。今関わっている新作は2クールなんでギリギリスタッフが伸びる様が見えるかなどうかな、という感じですが、これから現場が本格的になってきて、誰が化けるのか楽しみです。やー、サトウも大化けしたいですけどねえ。

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